前田道路の焦土作戦
仁義なき戦い
事の発端は、ゼネコン準大手の前田建設工業が1月20日、道路舗装事業の更新需要の取り込みに、前田道路の連携強化が必要と判断し、持分法適用会社の前田道路へのTOBを開始したことから始まりました。
買付価格は1株3950円、発行済株式の51%の取得を目指し、連結子会社化することを目標としました。
対するTOBを仕掛けられた前田道路は
「前田建設が保有する前田道路の株式をすべて買い取り、資本関係を解消する提案をする」
と取締役会で決議し、グループ内の抗争へと発展しました。
この後、前田道路は2月20日、今期配当の約6倍に相当する総額535億円の特別配当の実施を、4月14日に開催する臨時株主総会に諮る、と発表し、泥沼に突入しました。
焦土作戦とは?
実に、前田道路の総資産の約2割に当たる535億円もの特別配当の狙いは、TOBの撤回へ向けた「脅し」であったと推測されます。
前田建設の前田道路のTOBの条件に
「前田道路が資産の10%に当たる203億円超の配当をする場合、撤回する場合がある」
との記載があり、配当をトリガーに撤回を要請または検討させることを狙ったのでしょう。
配当で多額の内部資金が外部に流出すれば、企業の価値に見合わない価格での買収になり
「減損リスクが高まり、TOBを撤回するかもしれない」
と、前田道路は期待したものと思われます。
ここで、このように、会社に予期せぬ、または敵対的なTOBを仕掛けられた際に、会社の資産を大幅に毀損(きそん)=ダメージを与えることで、自社の魅力を下げ、TOBを撤回させることを
「焦土作戦」
と呼びます。
焦土作戦の由来は、自国や自営する土地を自ら焦土と化すことにより、その国、土地を使い物にならなくするという軍事戦略からくるものです。
このほか、経営陣が高額な退職金などを抱えながら辞めることをちらつかせる、など退職金による現金の高額な外部流出で会社価値に毀損を与える手法を
「ゴールデンパラシュート」
と呼びます。
焦土作戦における今回のような配当と退職金のゴールデンパラシュートを組み合わせることで、会社の顕在的な資産を目減りさせることのみならず、元々いた経営者がいなくなるということも合わさると、当該企業の経営が立ち行かなくなることもあり、相当のダメージが残ることとなってしまいます。
他方、上場会社である以上、このような焦土作戦にせよ、ゴールデンパラシュートにせよ、結局は
「誰のために行う行為なのか?」
正当な理由を持たなければなりません。
前田建設の苦い勝利
前田建設は、このような前田道路の焦土作戦を意に介せず、2月27日TOBの期限を従来の3月4日から12日に延長、これ他に対して同日、前田道路は次なる施策を講じました。
なんと、前田道路の事業範囲である道路・公共事業の同業首位「NIPPO」との資本業務提携交渉に入ることを発表したのです。
NIPPOは石油精製最大手JXTGホールディングス傘下の道路舗装業界最大手で、空港や高速道路など官庁の大型工事に強みを持つ会社です。
前田道路は業界2位で民間の小型工事を得意とする会社です。
この道路舗装の1位のNIPPOと組むことで、前田建設を牽制する狙いを持っていたと思われますが、この施策による抵抗もむなしくTOBは成立してしまいました。
前田建設は前田道路への議決権比率を24.71%から51.29%に高め、同社の連結子会社化に成功したのです。
まとめ
前田道路を取り込んだものの、前田建設は取り込み後に、連結ベースで残りの400億円余が外部に流出することになります。
臨時株主総会で特別配当が可決した4月14日の前田道路の株価の終値は2014円(1円安)で一時、1980円(35円安)まで下げ、終値との比較で取得単価3950円のほぼ半値の水準となります。
前田建設はTOBに861億円を費やしており、巨額の減損損失を計上する可能性があります。
今回の事例を基に考えるべきは、前田建設にせよ、前田道路にせよ、上場企業である、と言う点につきます。
双方が親子上場として市場に残るということについても論点が残りますが、そもそも、前田道路のように、手元現金が豊富でキャッシュリッチな会社は、成長余地は殆どないものの、既得権益をむさぼり、会社における経営・企業努力をしてこなかったのではないか、という視点が残ります。
厳しい指摘ですが、ここで、TOBがなかりせば、このような大幅な配当もなかったことを考えると、M&Aや新規投資などの戦略や施策も打たず、単純に配当をするしかない、ということから受け取れる企業メッセージは、
「これ以上の経営努力のしようがない」
というメッセージにしか受け取れませんし、市場もそのメッセージをしっかりと受け取ったからこそ、株価は下がり続けていくものと思われます。
また、これを取得した前田建設も、800億円を超える多額の資金を投下したものの、もともと、お金をお金で買おうとした姿勢が子が子なら親も親、という所でしょうか。
投下する資金で
「濡れ手に粟」
を狙ったのかもしれませんが、結果的にこのような焦土作戦をとられてしまい、前田建設側の経営陣としては良い面の皮、でしょう。
いずれにしても、
「会社はだれのものか」
という視点に基づき、親子ともども、市場の期待や、市場に対して企業価値の向上に応えていくことにチャレンジをしないのであれば、今度は、前田建設自体の上場意義も問われていく、株価がそれを示していくことになる、のではないか、と思われます。
親子上場している中で、今度はかえって、非効率な経営が続く要であれば、第三者による前田建設に対するTOB、というシナリオもありえるかもしれません。
いずれにしても、
「会社はだれのものか」
を考える良い事例と言えます。