敵対的買収増加傾向の示唆~何の予兆か~
19年ぶりの敵対的買収の増加とその意味
敵対的買収が19年ぶりに世界で増加傾向にあります。この結果が示唆するものはなんでしょうか。考察してみたいと思います。
カネ余りが生むマネーゲームの様相
まずは日経の記事から確認してみましょう。
世界で敵対的買収が再び活発になっている。2018年は26件と19年ぶりの高水準となった。合意なしで相手先をのみ込もうとする敵対的案件の増加の背景にはカネ余りがある。こうした買収の増加は、経営者に緊張感を与える半面、買収から身を守ろうと過度に株価に偏重した経営につながる恐れもある。交渉過程で買収価格が高くなる傾向があり、潜在的な減損リスクが膨らむ。現在のブームが今後どうなるかは不透明感もある。
(中略)
昨年1月、英投資ファンドのメルローズ・インダストリーズが英国製造業を代表する老舗、自動車部品のGKNに70億ポンド(約1兆円)で買収を提案した。反対されると2カ月後に価格を81億ポンド(約1.2兆円)に引き上げ、株主の過半から賛成を取り付けた。
地域別ではアジアの存在感が増している。18年の敵対的買収案件中、最多は欧米(16件)だが、アジアは8件と前年(2件)から急増した。企業統治環境が欧米並みに整備されつつあり、マネーを呼び込んでいる。活発になっているのが敵対的買収として表面化する前段階ともいえるアクティビスト(物言う株主)の動きだ。
米調査会社アクティビストインサイトによると、19年1~3月では295社の株主提案があった。18年年間では世界で前年比9%増の935社の株主提案があった。そのうちアジアは2割増で、日本が過去5年で34件増えたほか、香港、韓国でも増加が顕著だ。
(出所:日本経済新聞2019年4月29日より一部抜粋)
さて、読者の皆さんは上記を読み、何を感じ取ったでしょうか。
M&Aが活発になっており、やはり世界において
・オーバーバリュエーション
が起きていることも、直近の日経新聞の記事にて採り上げられていました。
バリュエーション、値付けですが、企業買収時に「いくらで買うのか」その水準として使用されている指標に
・EV/EBITDA(earnings before interest, tax, depreciation, and amortizationの略で税引前利益に、特別損益、支払利息、および減価償却費を加算した値)倍率
というものがあります。
この倍率は、簡単に言えば、
・「企業の全体の価値が、企業の年間キャッシュフロー(キャッシュインからキャッシュアウトを差し引く)の何倍(何年分)になっているか」
というものです。
この倍率の過熱ぶりからは、過去類をみないほどの高い倍率になっており、市場のM&Aにおける買収合戦、
「カネ余りからのマネーゲームの様相を呈してきている」
ことが垣間見れます。
ちなみに、倍率については、以下の通りです。
チャートが示すように同倍率は上昇基調が続き、18年度のハイテク企業を対象にしたM&Aだと16.9倍に達した。買収先の稼ぎで買収資金を回収するには17年かかる計算だ。割高なM&Aが多かったIT(情報技術)バブル当時の00年度(16.2倍)やリーマン・ショック前の07年度(15.2倍)を上回る。
日本企業が関連したハイテク企業の買収は17.5倍と3.1ポイント上昇。05年度(17.6倍)以来、13年ぶりの水準だ。グローバル・全業種のM&Aは14.7倍。14年度以降、07年度水準を上回り続けている。
15倍ー17倍というEV/EBITDA倍率ということが示すものは、生み出す年間キャッシュフローの15年分から17年分で買収価値(正しくは企業価値)を評価していることとなり、過去の高水準、特にリーマンショック前の水準をも上回っている点に過熱ぶりがうかがえます。
M&Aの買収件数も増加傾向、金額をつけるバリュエーション(株価算定)もオーバー・過熱気味、そこに来て、その金額を吊り上げるための動きを、いわゆる
・物言う株主(アクティビスト、グリーンメーラー)
が更に火に油を注いでいる、その結果が
・敵対的買収というアクションの増加に結びついている
ということです。
敵対的買収自体には、本質的に意味のあるものもあれば、かなりひどい場合は、単なる言い掛かりに近い内容のものもあります。
直近では、旧村上ファンド系の
「レノ」
や
「南青山不動産」
といった会社が、廣済堂にたいして、敵対的買収を仕掛けていた案件がまさにこういった事象に当てはまります。
なお、本記事をアップした5日後の2019年5月15日時点で、以下のような動きもありました。
旧村上ファンド系の投資会社レノが、賃貸アパート大手レオパレス21の株式を6.24%保有が判明。レオパレス21はテレビ東京・ガイアの夜明けの取材で施工不良の問題などが発覚し、補修工事の費用が膨らんだことで、2019年3月期の最終赤字は690億円になると発表したばかり。レノは保有する目的について経営陣への助言や提案を行うためなど。
(出所:日経新聞より一部抜粋修正)
こういったカネ余りの時期に起きる事象として、このような物言う株主の「蠢動」は今後ますます加速していくことが予想されます。
まとめ
世界的なカネ余りの向かう先として、不動産、株式市場といったところはありますが、そろそろピークを迎え、下落に転じると予想されますが、この下落への転じ方がおおよそのケースでは、
・急に冷やされる
ことが歴史上から見て取れます。
敵対的買収が過熱している、件数が増えてきている状況というのは、先に挙げたM&Aの増加と、オーバーバリュエーションの背景にもなりますが、市場における異常値で差益を取る行為ですので、そろそろ本当にこのゲームが終わりに近いことを意味していると理解しておいた方が良いかもしれません。
バイサイドアドバイザーや買収企画担当者は、いたずらに買収ゲームに参加することなく、
・企業の生み出す正当な価値
に目をやり、セルサイドに対しての啓蒙をしていくことも重要ではないか、と筆者は考えています。
市場全体で高騰する株価、バリュエーションに対しては、異常な状態であれば
・買わない
という選択肢があることも立派な経営判断であるとご認識頂ければと思います。