《第2回》M&A実務最前線 ~非上場企業の企業価値算定の実務~
非上場会社の企業価値算定
M&Aをするにせよ、しないにせよ、一つの拠り所として、実務の現場ではどのような計算がなされていくのでしょうか?今回は実務の現場でよく用いられる企業価値の算定方法を見ていきます。
具体的な価値算定における3つのアプローチ
実務の現場でよく知られているアプローチでは、大きくは下記3つがあります。
①純資産(簿価又は時価)からの計算(コストアプローチ)
②類似会社との比較(マーケットアプローチ)
③将来価値からの計算(インカムアプローチ)
①純資産からの企業価値(コストアプローチ)
上記①純資産は最も分かりやすいかもしれません。
企業の財務諸表の右下部分に記載されている金額が簿価として表れています。直近期の財務諸表の該当箇所をご覧いただくと、ご自身でも会社の価値としての目安が分かります。ただし、土地、建物などで含み益が存在し、その他表面的には表れていない資産や負債において時価評価をすることで正しく価値が出そうな場合は、それぞれを時価評価したうえで、算出することもあります。いずれにしても、ご自身で出来る範囲かと思います。
この際、国税庁が出している方針に従うことで、税務上の観点も念頭に置いた試算ができます。
②類似会社からの企業価値(マーケットアプローチ)
(1)類似会社とは
次に、類似会社との比較です。
類似会社と言っても一概になぜ、どこをサンプルとすればよいのか、選択する会社に妥当性がありそうか、については、言い切りにくいところもあります。事業が単一であればわかりやすいですが、複数事業を営んでいる場合、これと言ってぴったりと合致することはそう多くはありません。
ここでは論理的に説明がしやすい観点を挙げておきます。なお、ここにおける類似会社とは、上場している会社を想定します。上場会社では株価という会社の価値のモノサシが明確であるため、売買の際の目安になります。
(2)類似会社の考え方
類似会社の考え方には、
1.複数事業を営んでいるようであれば、なるべく中核としている事業が似ているか。この際の目安は中核としている事業の約半分程度がその収益(売上)から構成されているかなどが一つの目安となります。
2.企業の各事業の構成(セグメント)が似ているか。こちらも構成割合が似ているなど、中核事業が仮に約半数を構成していなかったにせよ、構成する事業が5つあり、4つは同じである、など適合性が高いかの観点で考えることが重要です。
3.会社の規模、財務状態(貸借対照表、BS面)、経営成績(損益計算書、PL面)が同程度か否か、という見方もあります。ただし、順番的には、同業種に近しいか、という1及び2の観点があり、それを踏まえて、3の観点からより近しい候補を選択していく、という流れが正攻法でしょう。財務構成要素が似ていれば尚のこと良いです。
上記の選択の中でも一致しているものが見つけにくい場合は3の視点で似ており、今後の事業計画などの事業の伸びなども参考にして、財務・損益状況の観点からの類似性として判断することもあり得ます。
なお、ここで、完全一致の企業がないなどの理由もあり、より客観性を担保するために複数の企業を選択することをお勧めします。少なくとも5~7社程度選択することで、平均値や中央値などの材料にも客観性が担保できていくと考えられます。
さて、類似会社の選択が終われば、よく使われる指標にはEBITDA(イービットディーエー・イービッダー)などと呼ばれるもので営業利益+償却費用(減価償却費やソフトウェア償却費)をもとに、選択した類似会社の企業価値(時価総額+純有利子負債(借入金の長短(社債があれば含む)ー 手元の現預金))がEBITDAの何倍か、ということで類似会社の平均値や中央値を使います。
これらも、上場している会社のデータはYahoo!ファイナンスなどで簡単に取れるので、自社のデータがあれば、比較的簡単に算出することができます。例えば、選択した類似会社の平均値が5倍と出た場合、自社のEBITDAが3億円であれば、企業価値は15億円、と算出されます。
ここで、さらにひと手間加えて、企業価値を算出したい自社はそもそも「非上場」の会社である場合、株式が流通しているか否かを考慮し、流通していない株式の価値をディスカウントする「非流動性ディスカウント」という慣行があります。どの程度割り引くのか、は慣行であり、数値の客観性が確実にある、とは言えませんが一般的には30%程度の割引がなされることが多いです。
筆者はIPO(株式公開)の世界にもいたことがあり、上場前の会社が出した理論的な株価にも、同様に、公募する価格に対しても30%程度を掛け算していたことを見かけました。これはやはり、流通前の株式ということもあり、類似会社から算出した株価をそのまま適用するのではなく、流通前のものとしての価値ということであるため、ということが理由でした。
流通しているものの価値と、していないものの価値の差分について、30%というそれらしいことが適用されるが、本来、本当にそうであるかは、また議論の余地があることでしょう。この件については、また別の機会に、直近の事例や、裁判例なども踏まえて、「妥当性の高い類似会社をもとにした株価とは何か」で触れていきたいと思います。
したがって、株価としては企業価値15億円から、自社の純有利子負債が3億円あった場合、12億円となり、そこに12億円×(1-30%)=8.4億円が、当該非上場会社の株式価値、会社の価値と言えます。
③将来価値からの計算する企業価値(インカムアプローチ「DCF法」)
将来価値とは何か。それは非上場会社が仮に中期経営計画のような将来計画を策定していた場合、その計画を基に、会社の価値がどうなっていくのか、を現在の価値に割り引いて計算していくアプローチです。
純資産や類似会社からのアプローチと比較すると、使用する変数が、さらに増えるため、ここでは詳細な言及は避けます。
3か年を策定した場合、FCF(フリー・キャッシュ・フロー)が3か年で仮に
1年目:3億円
2年目:5億円
3年目:7億円
4年目以降は3年目と同額のFCFが出ていくものと仮定
こうした場合、割引に使用する、割引率(WACC・ワック=加重平均資本コストと呼ばれる)を自社仕様で算出し、年数で割り引いていきます。
WACCの非上場会社における算出についても、別の時に説明いたします(非上場会社WACCの算出にも、似た会社の選定といった客観性や妥当性の担保が必要になるプロセスがあります。筆者的には結構面白いので、別のトピックを立てて説明します)。
さて、WACCが仮に5%と出た場合、
3/(1+5%)^1+5/(1+5%)^2+7/(1+5%)^3+7/5%=2.85+4.53+6.04+140=153.4
153.4億円が企業価値となります。
※「^」=乗数
仮にこの会社は純有利子負債が20億円だった場合、133.4億円が株式価値となります。
さて、このDCF法で算出したものは非流動性ディスカウントを用いないのか?というご質問が出るようであれば、ここまでご覧になってきて満点の質問です。
本件についてもここでの言及は避けたいが、株式に譲渡制限のある非上場会社の組織再編に関し、収益還元法(本稿「③将来価値からの計算する企業価値」)を採用した場合に、非流動性ディスカウントを適用すべきではないとの決定がされました(平成27年3月26日付け最高裁決定)。したがって、結論は非流動性ディスカウントを適用しない、とここでは伝えておくにとどめます。
株式価値算定の現場
さて、以上のような形で、複雑なアプローチが採られるものもあれば、簡単に算出できるアプローチもあります。しかしながら、いずれにしても、いきなり算出することは非常に煩雑であると言えるでしょう。
当社のシステムであるBIZVALの1分価値診断は、本稿における「②類似会社からの企業価値」で算出、詳しく診断は、本稿における「③将来価値からの計算する企業価値」でで算出しています。無料ですので、企業価値試算に慣れていっていただく一歩として活用して頂ければ幸いです。