コクヨのぺんてるへの間接出資とは?
ステーショナリーの分野での動き
上場会社のコクヨが「間接的に」ではあるものの、非上場会社のぺんてるの筆頭株主になることを発表しました。
ステーショナリーの大手2社のコクヨとぺんてるですが、コクヨが発表している戦略通りにいくのでしょうか。考察してみたいと思います。
まずは、発表時点の日経新聞の記事を見てみましょう。
(以下、日経新聞「コクヨ、ぺんてるへの4割出資を発表 海外開拓狙う」2019年5月10日)
コクヨは5月10日、筆記用具大手のぺんてるに出資したと発表した。ぺんてるの発行済み株式の37%を持つ投資ファンドを通じ、間接的に株を保有する。国内事業に軸足を置くコクヨと、海外進出を積極的に進めてきたぺんてるとで協業の可能性を探り、日本企業連合で海外市場での存在感を高める。
ぺんてるの筆頭株主は東証1部上場の投資会社、マーキュリアインベストメントが運営するファンドだ。コクヨはこのファンドの大口出資者となり、事実上の筆頭株主となる。出資額は101億円。
コクヨの文具関連売上高のうち、海外は2割程度にとどまる。一方、ぺんてるは海外で約20カ所の営業拠点を構え、海外売上高が6割強を占める。ノートが強みのコクヨと、ペンが主力のぺんてるとでは、製品の重複も少ない。ぺんてるが持つ海外の販路を活用するなど業務提携の可能性を探り、成長が期待されるアジア市場などでの成長を目指す狙いがある。
マーキュリアは日本政策投資銀行が出資する投資会社。2018年3月に傘下のファンドが、ぺんてる株を創業家から取得した。文房具やオフィス家具の大手であるコクヨとぺんてるが組むことで、相乗効果が大きくなると判断した。コクヨによる出資後も、マーキュリアはファンド運営者としてぺんてるの経営に関与する。
2社それぞれの見解は?
ぺんてるは「適時開示で発表された以上の内容は把握していない。今後、どういう対応を取るか検討する」としている。
この文面からするに、ぺんてるからすると、「寝耳に水」のことだったのではないかと推察します。
なお、5月13日付で、ぺんてる(ぺんてるは未上場企業であり、資本関係のリリースに義務はありません)は、以下のようなリリースを出しています。
(出所:ぺんてるWEBサイト「コクヨ株式会社による、投資事業有限責任組合への出資について」2019.5.13)
当該譲渡について当社は5月10日に当該事実を通知されたに留まり、今後の方針につきましては一切未確定であります。当社は今後とも、創業来の独立性を堅持し、全世界のお客様に喜んでいただける製品を開発し提供させていただく方針に些かの変更もございません。
こういった場合、大体が、双方でプレスリリースを出す用意周到なケースが多いのですが、コクヨ側が上場企業であり、適時開示対象となった(決算情報からは「業務上の提携又は業務上の提携の解消(法 166 条2項1号ヨ、令 28条1号)「①相手方の会社の株式を新たに取得する場合」の軽微基準とも読めますが、積極的なリリースをあえてしたと推察されます)ことから、ぺんてるには、寝耳に水、の話だったのかもしれません。
今回の間接的にマーキュリアへの出資に対して、ぺんてるを4割弱支配することが、どこまで実効支配に繋がるか、は不透明な部分が大きいものの、ある意味、ファンドにとっては
「創業家から買い取った株式に対してのイグジット」
をコクヨをして行えた点は、ファンドとしては首尾上々なのかもしれません。
ちなみに、マーキュリアインベストメントは、株式会社日本政策投資銀行(DBJ)、伊藤忠商事株式会社、三井住友信託銀行株式会社などが主要株主の上場している投資ファンドです。
他方、コクヨは意気揚々と、戦略上の出資の意義をプレスリリースしていますが、日経新聞の記事の内容のみを拝見すると
「ノートが強みのコクヨと、ペンが主力のぺんてるとでは、製品の重複も少ない。ぺんてるが持つ海外の販路を活用するなど業務提携の可能性を探り、成長が期待されるアジア市場などでの成長を目指す狙いがある。」
とのことですが、この文章だけでは安易だと思います。
・ノートのコクヨと、ペンのぺんてる
では、製品補完の面では、誰でも直観では理解するのですが、そのような安易な取り組み方針では、
「資本を持っただけ」
という形骸化をしてきた例になることは火を見るよりも明らかです。
経営陣がそもそもすり合わせを十分に行えていない時点で、今後のこの資本参加について、戦略上うまくいくのか、に対しては、正直、疑問を呈せざるを得ません。
過去のぺんてる創業者の思惑
今回のコクヨが間接的に株主となったわけですが、この背景には、
・2012年5月のぺんてる創業家・堀江圭馬氏の社長解任
までさかのぼることになります。
当時42歳の堀江氏は取締役会で62歳を過ぎた役員4人の退任を求めたのだが、逆に業績不振を理由として堀江氏の緊急解任動議が可決されてしまい、追い出されてしまいました。
その際に、創業家である堀江氏が18年初頭に株式の売却を持ちかけたのが、未公開株を中心に投資を行う先述のマーキュリアインベストメントでした。
日本政策投資銀行が出資する東証1部上場の投資会社で、傘下のファンドがぺんてる株約37%を取得し、金額は70億円弱となります。
非上場会社の時価総額を簡単には算出できませんが、約4割が70億円ですので、100%で換算するとぺんてるは
・時価総額170-180億円
と推定されます。
なお、マーキュリアが堀江氏から譲渡を受けたぺんてるの株式には株式譲渡制限(株式を譲渡するのにあたっては、例えば取締役会、例えば代表取締役などの承認が必要とする、と譲渡を自由にさせないことで非上場会社としての経営の独立性を確保しよう、という趣旨のものです)が付されており、マーキュリアは、上述の通り、「寝耳に水」のぺんてるですから、コクヨの持った株式においては「会社法上の違反」である可能性も考えられます。
(参考)
会社法107条第2条1項株式会社は、全部の株式の内容として次の各号に掲げる事項を定めるときは、当該各号に定める事項を定款で定めなければならない。
一 譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要すること 次に掲げる事項
イ 当該株式を譲渡により取得することについて当該株式会社の承認を要する旨
このようないわくつきの株式を更に譲渡をして101億円で譲り受けたのがコクヨであった、ということです。
ちなみに、詳述しますと本件のスキームは
「譲渡はしていない」
のです。
どういうことでしょうか。
実は、マーキュリアが管理・運営する「PI 投資事業有限責任組合」(ぺんてるへの出資を目的として設立された法人)がぺんてるの株式を持っているのですが、コクヨは、この「PI 投資事業有限責任組合」に参画(組合持分の取得をいいます。)することで、形式的に間接的にぺんてるの株主となった、ということなのです。
この点、持分参画の方法であればお伺いをぺんてるに立てる必要性が、現状の法制度上はないのですが、会社法の潜脱行為ではないか、とも考えられます。
まとめ
資本参加、出資の案件がM&Aとして増加していますが、戦略上、目標としたことに対して達成できたかについては、失敗例が目につくのは以前にもお話した通りです。
トーマツコンサルティングの調べでは実に当初目標の80%を達成できていたか、に対して、出来ていない、との回答が約7割を占めていました。(約8割の企業が目標の80%超を成功基準と設定しているが、成功基準を達成している企業は36%に留まる。)
(出所:デロイトトーマツコンサルティング株式会社 M&A経験企業にみるM&A実態調査(2013年))
今回の事例のように、顧客のターゲットが曖昧である、製品開発の強みが本当にノートとペンといったことなのか、国内外のエリア戦略の重複・補完がどれくらいあるのか、が慎重に協議しつくされたようなケースではない場合は、恐らく失敗例に含まれて行きます。
特に、コクヨにおいては、手元キャッシュが840億円(有利子負債約145億円を差し引いても
695億円
も手元に潤沢な資金を有しています。)もある会社としては、まずは投資、という形が先行されたものと思われます。
本記事を記載している段階で、2019年3月期決算が出そろってきており、減益企業が増加、全体として「景気判断が6年ぶり「悪化」」という記事も日経の一面に出ていました。
そんな中、カネ余りの企業の施策の1つとして、資本効率を上げる目的で、
・自社株買い(自己株式の買い付け)
を実施している企業が多数見られました。
確かに企業価値向上へ向けた取り組みや、ROEの向上と言った点で見せかけは一時的によくなりますが、本質的な解決としての、
・事業収益をどのように獲得していくのか
についての言及が薄い企業が多いように見えました。
コクヨのように、カネ余り・事業収益モデル、新規事業戦略が見えない企業にとって、M&Aは最良の手段となってしまうこともしばしばです。
カネ余りからの投資が、どのような形で、収益化・キャッシュフロー化されていくのか、今後の動向を注視したい案件の1つです。
コクヨ株式会社 第1四半期報告書(2019年5月8日発表)